夜、布団の中で頭が勝手に会議を始める。今日の失言、明日の段取り、返していないメッセージ。この脳内会議への対処として、心理学の世界に40年近く使われてきた古典的な方法がある。感情を紙に書き出す「エクスプレッシブ・ライティング(筆記開示)」——ジャーナリングという今風の名前で呼ばれることも多いが、中身はノートとペンだけの、拍子抜けするほど素朴な作法だ。
1980年代から検証されてきた「書く」の研究
この方法の出発点は、米国の心理学者ジェームズ・ペネベーカーが1980年代に始めた一連の実験にある。基本の型は、自分にとってストレスの強かった出来事や感情について、15〜20分間、続けて書く。それを3〜5回繰り返す。誰にも見せない前提で、文法も構成も気にしない。オーストラリアの研究者ベイキーとウィルヘルムが2005年にまとめたレビュー論文によれば、この型で書いた群は、中立的な話題を書いた群と比べて、心身の指標が良い方向に動く結果が多くの研究で報告されてきたという。効き方の説明はまだ議論が続いているが、「抱えたものを言葉にして外へ出す」行為に一定の働きがあることは、長年の追試に耐えてきた。
大事な注釈もある。書いた直後はむしろ気分が沈むことがあると報告されている。日記のような爽快感を期待すると裏切られる。数日かけてじわりと効いてくる類の方法だ。
頭は物置ではなく、作業台だった
なぜ書くと変わるのか。私の腑に落ちている説明は、頭の中の心配事は「未処理のまま開きっぱなしのファイル」だという見立てだ。頭は物置ではなく作業台で、開いたファイルが多いほど作業スペースが狭くなる。書き出すことは、ファイルに名前をつけて一度保存する作業に近い。消えはしないが、閉じられる。夜の脳内会議が終わらないのは、議事録係がいないからで、ノートがその係を引き受けてくれる。
これはため息呼吸が体側からのアプローチだとすれば、言葉側からのアプローチだ。道具はノートでもスマホのメモでもいいが、寝る前にやるなら紙に分がある。寝る前スマホの記事で書いたとおり、画面には続きを見せてくる二人目の犯人が住んでいる。
今夜、10分だけ議事録係を雇う
- 寝る前に10〜15分、頭にあるものを全部書く。 きれいに書かない。箇条書きでも殴り書きでもいい。誰にも見せないことだけ守る
- 心配事には「次の一手」を一行だけ添える。 「明日◯◯さんに一報」まで書けたファイルは、閉じやすい
- 重すぎる出来事は、無理に扱わない。 この方法は万能ではない。書くことでつらさが強く続く場合は中断し、専門家(医療機関・相談窓口)を頼ってほしい
ノート1冊とペン1本。回復の道具としては、おそらく最安の部類だ。


