歩数計のアプリが9,000歩で止まった夜、あと1,000歩のために意味もなく近所を一周したことがある。あの律儀さは何だったのか。実は「1日1万歩」というキリのいい号令に、確たる科学的な出典はないと言われている。1960年代に日本で売り出された歩数計の商品名に由来するという説が有名で、つまり多くの人が半世紀にわたり、広告の数字を目標に歩いてきた可能性があるのだ。
国の推奨は「歩行60分」。歩数にすると約8,000歩
現在の公的な目安は別の数字になっている。厚生労働省が10年ぶりに刷新した「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」は、成人に対して歩行またはそれと同等以上の身体活動を1日60分以上行うことを推奨し、これを「1日約8,000歩以上」に相当すると整理した。内訳の考え方も示されていて、60分の歩行が約6,000歩、それ以外の家事などの生活活動が約2,000歩。つまり8,000歩は「散歩でノルマを踏む数字」ではなく、通勤や買い物や掃除まで含めた一日の合計として設計されている。ちなみにこのガイドは「個人差を踏まえ、できることから少しずつ」を強調していて、今より少しでも多く体を動かすことから始める、という逃げ道もちゃんと用意している。
もうひとつ、歩数と並んでガイドが置いているのが強度の物差しだ。成人には歩行相当以上の強度(3メッツ以上)の身体活動を週23メッツ・時、と示されている。単位が急に難しくなるが、要は「だらだら歩きだけでなく、少し息が弾む速歩きも混ぜてほしい」という意味に読めばいい。歩数が量の目安、メッツが質の目安。両方を覚える必要はなく、8,000歩の中に「ちょっと速い10分」を混ぜられれば、設計思想はほぼ回収できる。
数字が2,000歩減って、景色は何が変わるか
たかが2,000歩の差に見えるが、意味は小さくないと私は思っている。1万歩は多くの働き手にとって「達成できない日が普通にある」水準で、達成できない目標は、いつか見なかったことにされる。8,000歩、しかも生活活動込みなら、働き方によっては射程に入る。目標の役割は人を焦らせることではなく、行動を続けさせることだ。国のガイドが根性の数字から設計の数字へ舵を切ったことは、ゾーン2の記事で書いた「きつくなければ意味がない、に公的な根拠はない」という流れとも重なる。強度でも量でも、時代は「続く方」に賭け始めている。
歩数は「稼ぐ」より「取りこぼさない」
- まず現状を3日間だけ記録する。 スマホの標準機能で足りる。自分が普段何歩なのかを知らずに目標は立てられない
- 移動の中に歩きを埋め込む。 一駅手前で降りる、昼食を少し遠い店にする、電話は歩きながら。散歩の時間を新設するより先に、生活から取りこぼしを拾う
- 足りない日があっても週単位で眺める。 ガイドの思想は「少しずつでも今より多く」。1日の未達で帳簿を閉じない
関節に痛みがある人や運動を止められている人は、歩数の目標より主治医の判断が先だ。


