休憩と呼べる長さではない、と思っていた。窓の外を眺める1分、コーヒーを注ぎに行く3分、廊下を一往復する5分。ところが研究の世界では、この細切れの休みに「マイクロブレイク」という名前がつき、まとまった数の検証が行われている。答え合わせの結果から言うと、この小さな休みは、思っていたよりちゃんと仕事をしていた。
10分未満の休みでも、疲労と活力には差が出た
ルーマニアの西ティミショアラ大学などの研究チームは2022年、マイクロブレイク——おおむね10分以下の短い休憩——を扱った過去30年・22件の実験研究を統合解析し、PLOS ONE誌に発表した。結論はこうだ。短い休憩をとった群は、とらなかった群に比べて疲労感が低く、活力が高い傾向が確認された。休憩の中身は、体を軽く動かす、窓の外を見る、好きな動画を少し見るなど様々で、長い休みでなくても心身の消耗の回復側に針が動くことが、データの上で裏づけられた形になる。
ただしこの解析には、正直な但し書きもついている。作業の成績——パフォーマンス——への影響ははっきりせず、消耗の激しい複雑な作業からの立て直しには、10分を超える休みが必要になりそうだ、と著者らは整理している。つまりマイクロブレイクは万能薬ではなく、こまめな消耗の手当てに向いた道具。深い疲れには、やはり深い休みがいる。
「休憩に値しない」という思い込みが、一番高くつく
この研究が私に刺さったのは、数字よりも前提の方だ。多くの働き手は、5分の休みを「休憩に値しない端数」として切り捨て、まとまった休みが取れる日を待つ。だが、まとまった休みは来ない。来ないまま夕方になり、疲れだけが複利で積み上がる。マイクロブレイクの発想は逆で、端数のまま使う。疲れ切ってから大きく休むのではなく、疲れ切る前に小さく差し込む——積極的休養の記事で書いた「先に仕込む休み」の、最小単位がこれだ。
幸い、道具はすでに揃っている。座りすぎの記事の「1時間に1回立つ」は、そのままマイクロブレイクとして機能する。立って、窓へ歩いて、遠くを見て、戻る。3分。これで座位の連続も切れ、目も休まり、疲労の手当てもできる。一石が三鳥まで働く。
端数の休みを、意図して使う3つの型
- 画面から目を外して遠くを見る1分。 窓の外の一番遠いものに焦点を合わせる。目と頭の距離感が戻る
- 給湯室までの往復を「休憩」と呼ぶ3分。 飲み物は口実。歩いて、注いで、席までの帰り道は仕事のことを考えない
- 区切りの悪いときこそ差し込む。 行き詰まった状態で粘る15分より、離れて戻る3分の方が早いことは多い。行き詰まりはマイクロブレイクの合図だ
短い休みで足りない疲れは、短い休みで補わないこと。夜の睡眠と休養日という本体を削ってまで働く日が続くなら、見直すのは休憩の長さではない。


